|
■西村眞悟議員・尖閣諸島視察報告会(序)
先日5月16日、私は衆議院第二議員会館にて、尖閣諸島への上陸を敢行した
西村眞悟衆議院議員の視察報告会に出席した。西村議員が上陸を決意したのは1
0月20日、総選挙で当選した直後のことだったそうだ。尖閣問題は有権者への
選挙公約だった。
1時間前から整理券を配るというので行ってみると、開催予定の第二会議室の
隣にある臨時待合室は多くの人々で埋まっていた。空いた席をやっと見つけて腰
かけながら周囲を見渡すと全員スーツ姿。大半が高齢の方で、熱気の為か扇子を
拡げて扇いでいる人が見られた。その中に右翼と思われる精悍な顔つきの男性が
若干名居る。年齢は30〜40代だろうか。ほんの僅かながら女性を見かけるが、
やはり高齢の方だった。チベット服なんぞを着ているのは私だけで、周囲からは
浮いて見えた。
会議室に入ると最前列に座った。隣に20代の学生らしい人が座る。振り返っ
て周囲を見渡すと20〜40代の者は、例の若干名の右翼の人々を除いて5人く
らいではなかったろうか。その中に私の友人が一人居た。やっぱりオマエも来て
いたか、お互いそう心中思っていたのか互いに笑みを返す。彼に『祖国と青年』
誌の編集部の江崎道朗氏を紹介して貰う。30歳そこそこだろうか。様式先行の
右翼臭が全くしないことに安心した。後で聞いた話によると、150名の報告会
定員のところ、300名から事前の予約問い合わせがあったそうである。
会議室の外に居る人たちは分からないが、ざっと見たところやはり高齢の方ば
かりだった。皆が座席に付いてから遅れてテレビ朝日が収録に来たので、カメラ
位置を設定する際に席の移動指示が司会者からあった。その時に耳が遠い為か何
について指示を受けているのか、分からない高齢の方が多く居たのが印象的だっ
た。後で聞いた話では、この中にノモンハン事件に関与した方など、旧帝国軍人
の方がたくさん居たそうだ。
日本の一大危機に参集する心。高齢の方も精悍な若者だった頃と同じ心なのだ。
戦後何年を経ても変わらぬ心に比べ、私たちはどうだろうか。私の見る限り会場
に来ていた20代は、僅か私の隣で最前列にかぶりついていた青年1人だけだっ
た。ここに来ていたご高齢の方々が生きている時間はもう残り少ないのだ。その
後にどれくらいの人間が残るのだろうか。
問題はまだある。本来国論を左右するほどのテーマであるにも関わらず、報道
陣はテレビ朝日だけ、最も報道すべき大手各新聞社は一社も来ず、しかもテレビ
朝日は報告会の模様の総てを収録しておきながら放映すらしなかった。この報告
会の全容を公開しなければ、党派を超えて活動する志ある議員が居ることも有権
者に知られることなく終わってしまうし、石垣島の市議会議員という現地住民を
代表する声すら抹殺することになってしまうのである。
尖閣諸島を巡る中国・台湾との領土問題、北朝鮮の日本人拉致、ペルー大使館
公邸人質事件、教科書問題…、これらの病根は同一だという西村議員が、いった
い行動によって社会へ何を訴えようとしたのか。本当のことを議員は知っている
のにマスコミは管制するのだ。この間違った現実を報告会で痛感した。知らぬは
国民ばかり也と…。
西村議員上陸後、台湾の活動家も動き出し先日領海侵犯が行われた。台湾側主
催の釣り大会を開催してまもなく、自分たちの船から海上保安庁の巡視船へ飛び
乗って、マストに登ったり暴れる活動家が2名。逮捕せずその場で帰って貰った
そうだ。台湾では日本人の取材クルーに「スパイだ」と暴力を振るう者や、台日
交流団体の前で怒鳴り暴れる者も現れた。
私は約45分間行われたこの報告会を収録し、その全容を会議室で公開するこ
とを決めた。公開するに際し、快くテープ起こしを引き受けて下さったMAKO
TOさんに感謝の意を表します。
FARION 12番会議室*精神世界裏表案内人:一輝
|